戦争マラリアの恐怖【石垣島の伝説と歴史(2)】

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戦争マラリアの恐怖

沖縄県の八重山諸島では、石垣島を含めて、古くからマラリアが発生する地域がいくつかありました。


「戦争マラリア」というのは、第二次世界大戦時に沖縄に強制疎開させられた一般住民が、マラリアに罹患したことを言います。
この戦争マラリアのせいで、多数が死亡したのです。
石垣島同様、八重山諸島にある波照間島では、集団罹患が発生したことが知られています。
イントラレーシック

波照間島は、沖縄県の八重山諸島にあり、日本最南端の有人島としても知られています。
位置としては、北緯24度2分25秒、東経123度47分16秒です。
面積は12.7km2、標高は59.5mで、人口は600人弱という、本当に小さな島です。


沖縄の八重山諸島では、古くからマラリアの発生する地域がいくつかありました。
歴史的にみても、琉球王国時代から、これらの地域に強制移住が行われるたびに全員が亡くなってしまう、ということが繰り返されてきました。


特に、石垣島の北側と裏石垣と西表島は、マラリアの発生する地域として有名でした。
ただし、現在ではマラリアは一掃されています。
それでも第二次世界大戦時には、まだまだ発生する地域が多くあり、被害も防げなかったのでしょう。


第二次世界大戦時には、沖縄本島周辺で激しい戦闘が行われました。
八重山諸島では上陸作戦は行われませんでしたが、空襲や艦砲射撃による攻撃は、本島周辺と同様に避けることはできませんでした。
イントラレーシック

そのため、一部の地域で住民の疎開が行われました。
そのとき疎開が行われたのが、マラリアの発生する地域だったのです。
そのため、多くの人がマラリアに罹患しました。結果、多くの死者も出すことになってしまったのです。


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