野底マーペーの伝説
石垣島の観光スポットや名所・旧跡として、取り上げられている数々のリストを見ると、そのなかにまぎれて「野底マーペー」という、なんだかユニークな名称を目にすることがあると思います。
イントラレーシック
はたしてこの「野底マーペー」とは、いったい何なのでしょうか?
読み方は「のそこマーペー」です。
実は、この野底マーペーとは、山の名前だったのです。
野底マーぺーという山は、北緯24度29分5秒、東経124度15分2秒に位置していて、於茂登岳山系に属します。
野底マーペーは、沖縄県石垣市にある山で、「野底岳(読み方は“のそこだけ”」または“ぬすくだぎ”)」と、呼ばれることもあります。
明治時代の記録をみると、「ヌスクマヤーヒイ山」と、記されていることがわかります。
石垣島は、北部が山がちで、南側に向かうにつれ海へ向かって平地へとなります。
この野底マーペーも、石垣島の北部に位置していて、西浜川の源流にあたります。
山頂付近には、円柱状の垂直をしている険しい崖があります。
西方から見ると、まるで人の顔をしているようにも見えるので、観光のひとつに足を伸ばしてみてください。
野底マーぺー、緑色火山岩や溶岩などから成っています。
古第三紀始新世の野底層から、成り立っているといいます。
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山全体が、「スダジイ」という、植物の群落に覆われています。
スダジイというのは、ブナ科のシイ属の植物です。別名、イタジイ、またはナガジイといいます。
では、この「マーペー」という名前はどこから来たのでしょうか?
野底マーぺの西の麓には、野底村という村があります。
雍正10年、つまり1732年に黒島と新城島からの、寄百姓が新しく作った村でした。
村が新設された際に、黒島では道で島を二つに分割しました。
そしてこの一方が強制的に野底に移住させられたといわれています。
マーペーという名前は、このときの移住者の一人である、「マーペー」という娘の名前から来ているといわれます。
彼女は、黒島に残された恋人を忘れることができず、野底岳に登ったのです。
しかし於茂登岳にさえぎられて、島さえも見えなかったそうです。
そのため絶望して山頂で石となってしまった、という伝説があるのです。